旬感・千年北海道

青函トンネルを抜けて広がる、北の9都な物語

中世から続く悠久の歴史[北海道発祥の地]

9town_bg

title1

◎江戸にもない五月

1593年、蠣崎慶広(かきざきよしひろ)は豊臣秀吉から独立の蝦夷島主と認める朱印状を与えられ、 後に姓を松前と改めました。1604年には徳川家康から黒印状が与えられ、ここに松前藩を置きます。

北海道では米が穫れなかったため、年貢米の徴収ができず、アイヌ民族との交易を独占し藩財政にあてていました。 また松前藩領の港に入港した船や荷などから関税を徴収し利益としていました。

松前町は江戸時代に北海道唯一の藩が置かれた「最北の城下町」です。松前藩は、ニシン・鮭・昆布の生産が増加し、 仙台以北最も栄えた町でした。日本最北であり最後の和式築城の天守閣を持つ松前城(福山城)は、幕府が北方警備を充実させるために1854年完成、今では桜の名所として親しまれています。

一方、江差町は北海道文化発祥の地といわれ、江戸期のニシン最盛期には「江差の五月は江戸にもない」といわれるほどの繁栄を 極め、北前船交易がもたらした「江差追分」などの伝統芸能や生活文化が伝承され、「江差姥神(うばがみ)大神宮渡御祭」は豪華な13台の山車が練り歩く、道内では最も絢爛豪華なお祭りです。

◎知られざる「中世の山上都市」

松前藩の成立からさかのぼること150年、アイヌと和人の大抗争「コシャマインの乱」を鎮圧した武田信広は、これを機に蠣崎家を継ぎ、 上ノ国は北海道の拠点となりました。みなみ北海道には「館(たて)」と呼ばれる遺跡が数多く存在しています。

中世の上ノ国には、箱館・松前に並ぶ代表的な港があり、日本海を見渡す標高159mの丘陵にあった「勝山館」からは賑をみせた大澗湾と城下町を眼下に一望でき「中世山上都市」が想像できそうです。

◎戊辰戦争の残照

今でも、戊辰戦争(箱館戦争)に触れられる場所が点在しています。 乙部町は、旧幕府軍に占拠された蝦夷地を奪還すべく、新政府軍が上陸した最初の地です。 今も上陸した場所には、その跡地として碑が建てられています。

江差町には大きな復元船「開陽丸(72.8m)」があります。幕府がオランダに注文してできた木製軍艦。 旧幕府軍が江差で待機中に台風で座礁沈没。1974年に沈没した遺留品を引き揚げ、オランダに保管されていた設計図を元に復元されました。

また、松前町には幕府が1849年北方警備を目的に築城を命じ完成した松前城があります。戊辰戦争で落城しましたが、 天守や本丸御門などは現存しました。 天守は太平洋戦争後に焼失、1961年鉄筋コンクリートで再建され、今もその姿を見ることができます。

中世の上ノ国には、箱館・松前に並ぶ代表的な港があり、日本海を見渡す標高159mの丘陵にあった「勝山館」からは賑をみせた大澗湾と城下町を眼下に一望でき「中世山上都市」が想像できそうです。 1860年に、初の日本人を乗せアメリカに渡るという快挙を果たした「咸臨丸」は、その栄光とは裏腹に晩年は戊辰戦争の渦に巻き込まれ、 軍艦から物資運搬船となりました。 戦いに敗れ北海道に移住を余儀なくされた仙台藩の家臣401名を乗せ、箱館経由で小樽に向かう途中、木古内町のサラキ岬沖で座礁、破船沈没してしましました。 今でもこのサラキ岬に静かに眠っています。

title3

のエリアは、道内でも気候に恵まれ温暖な地域で、日本海と津軽海峡に面し、古くから水産業で発展してきました。 道内の他の地域にはないサザエ、メバルなどの海の幸が穫れ、また近年アワビ、うに、マグロの王様「クロマグロ」はここを代表する自慢の味です。

松前名産のアワビを使った「炊き込みご飯」、昆布やスルメ、数の子が入った「松前漬け」は郷土の味。またうにを使った料理も多く、 生ウニたっぷり乗せた定番の奥尻「ウニ丼」や乙部町の「生ウニラーメン」、「うにクリームパスタ」は北海道ならではの一品です。

一方、この温暖な気候が美味しい作物を育てています。「ふっくりんこ」を代表するお米や厚沢部町「メークイン発祥の地」のじゃがいも、そば、黒豆、知内町の「ニラ」も特産です。 緑豊かな自然の中で育った「はこだて和牛」の里は、木古内町。じっくり時間をかけて育てた褐毛和牛は極上のやわらかさとじんわり広がる風味が特徴で「はこだて和牛弁当」は甘ダレ味のちょっと贅沢なお弁当です。

江戸時代には既にあったと言われる「三平汁」や「ゴッコ汁」の郷土料理と一緒に、ぜひ召し上がっていただきたい「食」です。

title2

分が好きな町を、訪れる人たちにも伝えたい。町民と訪問者とのちょっとした会話があると、もっと街の魅力を伝えることができます。

そんな気持ちから、町のひとり一人が「おもてなし」 の心を持って、得意なテーマと独自の語り口で、地域の歴史や文化をガイドしているのが「町の語り部」たちです。

活動しているのは、町の住民・町に詳しいお年寄り・歴史や文化をよく知る人・観光ガイドなど様々です。

「松前の歴史」をよく話してくれるのは松前ガイド協会の方、
「幕末の爪あと」を語るのは教育委員会の学芸員、
「青函トンネル」は実際に工事に関わった方がガイドをしてくれます。

人に話すことで、訪れた人たちが喜んでいただくことを心がけ、笑顔でお迎えしています。